」と言ふ題をつけるべきだと考へたので、あとで、兄の書き損じた原稿用紙の隅へ、その私の意見を小さく書いて置いた。兄は多分それに氣が附かなかつたのであらう、題名をかへることなくその儘發表して了つた。レコオドもかなり集めてゐた。私の父は、うちで何か饗應があると必ず、遠い大きなまちからはるばる藝者を呼んで、私も五つ六つの頃から、そんな藝者たちに抱かれたりした記憶があつて、「むかしむかしそのむかし」だの「あれは紀のくにみかんぶね」だのの唄や踊りを覺えてゐるのである。さういふことから、私は兄のレコオドの洋樂よりも邦樂の方に早くなじんだ。ある夜、私が寢てゐると、兄の部屋からいい音《ね》が漏れて來たので、枕から頭をもたげて耳をすました。あくる日、私は朝早く起き兄の部屋へ行つて手當り次第あれこれとレコオドを掛けて見た。そしてたうとう私は見つけた。前夜、私を眠らせぬほど興奮させたそのレコオドは、蘭蝶だつた。
私はけれども長兄より次兄に多く親しんだ。次兄は東京の商業學校を優等で出て、そのまま歸郷し、うちの銀行に勤めてゐたのである。次兄も亦うちの人たちに冷く取扱はれてゐた。私は、母や祖母が、いちばん惡いをと
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