がしげにしてゐた。
 私は祖母を好いてはゐなかつたが、私の眠られない夜には祖母を有難く思ふことがあつた。私は小學三四年のころから不眠症にかかつて、夜の二時になつても三時になつても眠れないで、よく寢床のなかで泣いた。寢る前に砂糖をなめればいいとか、時計のかちかちを數へろとか、水で兩足を冷せとか、ねむのきの葉を枕のしたに敷いて寢るといいとか、さまざまの眠る工夫をうちの人たちから教へられたが、あまり效目がなかつたやうである。私は苦勞性であつて、いろんなことをほじくり返して氣にするものだから、尚のこと眠れなかつたのであらう。父の鼻眼鏡をこつそりいぢくつて、ぽきつとその硝子を割つてしまつたときには、幾夜もつづけて寢苦しい思ひをした。一軒置いて隣りの小間物屋では書物類もわづか賣つてゐて、ある日私は、そこで婦人雜誌の口繪などを見てゐたが、そのうちの一枚で黄色い人魚の水彩畫が欲しくてならず、盜まうと考へて靜かに雜誌から切り離してゐたら、そこの若主人に、治《をさ》こ、治《をさ》こ、と見とがめられ、その雜誌を音高く店の疊に投げつけて家まで飛んではしつて來たことがあつたけれど、さういふやりそこなひもまた私を
前へ 次へ
全64ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング