を得る條を或る少年雜誌から拔き取つて、それを私が脚色した。拙者は山中鹿之助と申すものであるが、――といふ長い言葉を歌舞伎の七五調に直すのに苦心をした。「鳩の家」は私がなんべん繰り返して讀んでも必ず涙の出た長篇小説で、その中でも殊に哀れな所を二幕に仕上げたものであつた。「かつぽれ」は雀三郎一座がおしまひの幕の時、いつも樂屋總出でそれを踊つたものだから、私もそれを踊ることにしたのである。五六にち稽古して愈々その日、文庫藏《ぶんこぐら》のまへの廣い廊下を舞臺にして、小さい引幕などをこしらへた。晝のうちからそんな準備をしてゐたのだが、その引幕の針金に祖母が顎をひつかけて了つた。祖母は、此の針金でわたしを殺すつもりか、河原乞食の眞似糞はやめろ、と言つて私たちをののしつた。それでもその晩はやはり下男や女中たちを十人ほど集めてその芝居をやつてみせたが、祖母の言葉を考へると私の胸は重くふさがつた。私は山中鹿之助や「鳩の家」の男の子の役をつとめ、かつぽれも踊つたけれど少しも氣乘りがせずたまらなく淋しかつた。そののちも私はときどき「牛盜人」や「皿屋敷」や「俊徳丸」などの芝居をやつたが、祖母はその都度にがに
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