が痛いからあんまやつてゐるのだ、と返事した。母は、そんなら揉んだらいい、たたいて許りゐたつて、と眠さうに言つた。私は默つてしばらく腰を撫でさすつた。母への追憶はわびしいものが多い。私が藏から兄の洋服を出し、それを着て裏庭の花壇の間をぶらぶら歩きながら、私の即興的に作曲する哀調のこもつた歌を口ずさんでは涙ぐんでゐた。私はその身裝《みなり》で帳場の書生と遊びたく思ひ、女中を呼びにやつたが、書生は仲々來なかつた。私は裏庭の竹垣を靴先でからからと撫でたりしながら彼を待つてゐたのであるが、たうとうしびれを切らして、ズボンのポケツトに兩手をつつ込んだまま泣き出した。私の泣いてゐるのを見つけた母は、どうした譯か、その洋服をはぎ取つて了つて私の尻をぴしやぴしやとぶつたのである。私は身を切られるやうな恥辱を感じた。
 私は早くから服裝に關心を持つてゐたのである。シヤツの袖口にはボタンが附いてゐないと承知できなかつた。白いフランネルのシヤツを好んだ。襦袢の襟も白くなければいけなかつた。えりもとからその白襟を一分《いちぶ》か二分《にぶ》のぞかせるやうに注意した。十五夜のときには、村の生徒たちはみんな晴衣を着
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