」くらいはいっている一升瓶を持って来た。
「お燗《かん》をつけなくていいんですか?」
「かまわないだろう。その茶呑茶碗にでも、ついでやりなさい。」
 古谷君は、ひどく傲然《ごうぜん》たるものである。
 私も向っ腹が立っていたので、黙ってぐいと飲んだ。私の記憶する限りに於ては、これが私の生れてはじめての、ひや酒を飲んだ経験であった。
 古谷君は懐手《ふところで》して、私の飲むのをじろじろ見て、そうして私の着物の品評をはじめた。
「相変らず、いい下着を着ているな。しかし君は、わざと下着の見えるような着附けをしているけれども、それは邪道だぜ。」
 その下着は、故郷のお婆さんのおさがりだった。私は、いよいよ面白くない気持で、なおもがぶがぶ、生れてはじめてのひや酒を手酌で飲んだ。一向に酔わない。
「ひや酒ってのは、これや、水みたいなものじゃないか。ちっとも何とも無い。」
「そうかね。いまに酔うさ。」
 たちまち、五ん合飲んでしまった。
「帰ろう。」
「そうか。送らないぜ。」
 私はひとり、古谷君の宅を出た。私は夜道を歩いて、ひどく悲しくなり、小さい声で、
 わたしゃ
 売られて行くわいな
 とい
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