ると眼ざわりで、不潔で、気が散って、いけない、四人で二升は、不足かも知れない。談たまたま佳境に入ったとたんに、女房が間抜顔して、もう酒は切れましたと報告するのは、聞くほうにとっては、甚《はなは》だ興覚めのものであるから、もう一升、酒屋へ行って、とどけさせなさい、と私は、もっともらしい顔して家の者に言いつけた。酒は、三升ある。台所に三本、瓶が並んでいる。それを見ては、どうしても落ちついているわけにはいかない。大犯罪を遂行するものの如く、心中の不安、緊張は、極点にまで達した。身のほど知らぬぜいたくのようにも思われ、犯罪意識がひしひしと身にせまって、私は、おとといは朝から、意味もなく庭をぐるぐる廻って歩いたり、また狭い部屋の中を、のしのし歩きまわったり、時計を、五分毎に見て、一図に日の暮れるのを待ったのである。
 六時半にW君が来た。あの画には、おどろきましたよ。感心しましたね。ソバカスなんか、よく覚えていましたね。と、親しさを表現するために、わざと津軽|訛《なまり》の言葉を使ってW君は、笑いながら言うのである。私も、久しぶりに津軽訛を耳にして、うれしく、こちらも大いに努力して津軽言葉を連発
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