しみて、その辺を裸足《はだし》で走りまわりたいほどに、苦痛であった。
 そのとき、山梨県吉田町のN君が、たずねて来た。N君とは、去年の秋、私が御坂峠《みさかとうげ》へ仕事しに行ったときからの友人である。こんど、東京の造船所に勤めることになりました、と晴れやかに笑って言った。私はN君を逃がすまいと思った。台所に、まだ酒が残って在る筈だ。それに、ゆうべW君が、わざわざ持って来てくれた酒が、一升在る。整理してしまおうと思った。きょう、台所の不浄のものを、きれいに掃除して、そうしてあすから、潔白の精進をはじめようと、ひそかに計画して、むりやりN君にも酒をすすめて、私も大いに呑んだ。そこへ、ひょっこり、Y君が奥さんと一緒に、ちょっとゆうべのお礼に、などと固苦しい挨拶しにやって来られたのである。玄関で帰ろうとするのを、私は、Y君の手首を固くつかんで放さなかった。ちょっとでいいから、とにかく、ちょっとでいいから、奥さんも、どうぞ、と、ほとんど暴力的に座敷へあがってもらって、なにかと、わがままの理窟を言い、とうとうY君をも、酒の仲間に入れることに成功した。Y君は、その日は明治節で、勤めが休みなので、二
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