、かッかッのほてり、からだをよじってこの手つき、そのようなヴィナスの息もとまるほどの裸身のはじらいが、指先に指紋も無く、掌《てのひら》に一本の手筋もない純白のこのきゃしゃな右手に依《よ》って、こちらの胸も苦しくなるくらいに哀れに表情せられているのが、わかる筈だ。けれども、これは、所謂、非実用のガラクタ。番頭、五十銭と値踏みせり。
 その他、パリ近郊の大地図、直径一尺にちかきセルロイドの独楽《こま》、糸よりも細く字の書ける特製のペン先、いずれも掘出物のつもりで買った品物ばかりなのだが、番頭笑って、もうおいとま致します、と言う。待て、と制止して、結局また、本を山ほど番頭に背負わせて、金五円也を受け取る。僕の本棚《ほんだな》の本は、ほとんど廉価《れんか》の文庫本のみにして、しかも古本屋から仕入れしものなるに依って、質の値もおのずから、このように安いのである。
 千円の借銭を解決せんとして、五円也。世の中に於《お》ける、僕の実力、おおよそかくの如し。笑いごとではない。

 デカダン? しかし、こうでもしなけりゃ生きておれないんだよ。そんな事を言って、僕を非難する人よりは、死ね! と言ってくれる
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