だ雑然とここに置き放しにしていたほうがよさそうに思われたので、もう、足の踏み場も無いくらいに、部屋一ぱい散らかしたままで、私は、何気なく足もとの木の箱から、直治のノートブックを一冊取りあげて見たら、そのノートブックの表紙には、
夕顔日誌
と書きしるされ、その中には、次のような事が一ぱい書き散らされていたのである。直治が、あの、麻薬中毒で苦しんでいた頃の手記のようであった。
焼け死ぬる思い。苦しくとも、苦しと一言、半句、叫び得ぬ、古来、未曾有《みぞう》、人の世はじまって以来、前例も無き、底知れぬ地獄の気配を、ごまかしなさんな。
思想? ウソだ。主義? ウソだ。理想? ウソだ。秩序? ウソだ。誠実? 真理? 純粋? みなウソだ。牛島の藤は、樹齢千年、熊野《ゆや》の藤は、数百年と称《とな》えられ、その花穂の如きも、前者で最長九尺、後者で五尺余と聞いて、ただその花穂にのみ、心がおどる。
アレモ人ノ子。生キテイル。
論理は、所謂《しょせん》、論理への愛である。生きている人間への愛では無い。
金と女。論理は、はにかみ、そそくさと歩み去る。
歴史、哲学、教育、宗教、法律、
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