なっていたので、思わず私の眼から涙があふれた。
「代人《だいにん》では、いけないのでしょうか」
涙がとまらず、すすり泣きになってしまった。
「軍から、あなたに徴用が来たのだから、必ず、本人でなければいけない」
とその男は、強く答えた。
私は行く決心をした。
その翌日は雨で、私たちは立川の山の麓《ふもと》に整列させられ、まず将校のお説教があった。
「戦争には、必ず勝つ」
と冒頭して、
「戦争には必ず勝つが、しかし、皆さんが軍の命令通りに仕事しなければ、作戦に支障を来《きた》し、沖縄のような結果になる。必ず、言われただけの仕事は、やってほしい。それから、この山にも、スパイが這入《はい》っているかも知れないから、お互いに注意すること。皆さんもこれからは、兵隊と同じに、陣地の中へ這入って仕事をするのであるから、陣地の様子は、絶対に、他言《たごん》しないように、充分に注意してほしい」
と言った。
山には雨が煙り、男女とりまぜて五百ちかい隊員が、雨に濡《ぬ》れながら立ってその話を拝聴しているのだ。隊員の中には、国民学校の男生徒女生徒もまじっていて、みな寒そうな泣きべその顔をしていた。
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