薪がちょっと燃えただけなんです。ボヤ、とまでも行きません」
 と息をはずませて言い、私のおろかな過失をかばって下さる。
「そうですか。よくわかりました」
 と村長の藤田さんは二度も三度もうなずいて、それから二宮巡査と何か小声で相談をなさっていらしたが、
「では、帰りますから、どうぞ、お母さんによろしく」
 とおっしゃって、そのまま、警防団長の大内さんやその他の方たちと一緒にお帰りになる。
 二宮巡査だけ、お残りになって、そうして私のすぐ前まで歩み寄って来られて、呼吸だけのような低い声で、
「それではね、今夜の事は、べつに、とどけない事にしますから」
 とおっしゃった。
 二宮巡査がお帰りになったら、下の農家の中井さんが、
「二宮さんは、どう言われました?」
 と、実に心配そうな、緊張のお声でたずねる。
「とどけないって、おっしゃいました」
 と私が答えると、垣根のほうにまだ近所のお方がいらして、その私の返事を聞きとった様子で、そうか、よかった、よかった、と言いながら、ぞろぞろ引上げて行かれた。
 中井さんも、おやすみなさい、を言ってお帰りになり、あとには私ひとり、ぼんやり焼けた薪の山の
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