を起しかけたのだ。
 私が火事を起す。私の生涯《しょうがい》にそんなおそろしい事があろうとは、幼い時から今まで、一度も夢にさえ考えた事が無かったのに。
 お火を粗末にすれば火事が起る、というきわめて当然の事にも、気づかないほどの私はあの所謂《いわゆる》「おひめさま」だったのだろうか。
 夜中にお手洗いに起きて、お玄関の衝立《ついたて》の傍《そば》まで行くと、お風呂場《ふろば》のほうが明るい。何気なく覗《のぞ》いてみると、お風呂場の硝子戸《ガラスど》が真赤で、パチパチという音が聞える。小走りに走って行ってお風呂場のくぐり戸をあけ、はだしで外に出てみたら、お風呂のかまどの傍に積み上げてあった薪《まき》の山が、すごい火勢で燃えている。
 庭つづきの下の農家に飛んで行き、力一ぱいに戸を叩《たた》いて、
「中井さん! 起きて下さい、火事です!」
 と叫んだ。
 中井さんは、もう、寝ていらっしゃったらしかったが、
「はい、直《す》ぐ行きます」
 と返事して、私が、おねがいします、早くおねがいします、と言っているうちに、浴衣《ゆかた》の寝巻のままでお家から飛び出て来られた。
 二人で火の傍に駈《か》
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