実は、ちっともなおっていはしないのである。
ああ、何も一つも包みかくさず、はっきり書きたい。この山荘の安穏は、全部いつわりの、見せかけに過ぎないと、私はひそかに思う時さえあるのだ。これが私たち親子が神さまからいただいた短い休息の期間であったとしても、もうすでにこの平和には、何か不吉な、暗い影が忍び寄って来ているような気がしてならない。お母さまは、幸福をお装いになりながらも、日に日に衰え、そうして私の胸には蝮《まむし》が宿り、お母さまを犠牲にしてまで太り、自分でおさえてもおさえても太り、ああ、これがただ季節のせいだけのものであってくれたらよい、私にはこの頃、こんな生活が、とてもたまらなくなる事があるのだ。蛇の卵を焼くなどというはしたない事をしたのも、そのような私のいらいらした思いのあらわれの一つだったのに違いないのだ。そうしてただ、お母さまの悲しみを深くさせ、衰弱させるばかりなのだ。
恋、と書いたら、あと、書けなくなった。
二
蛇《へび》の卵の事があってから、十日ほど経ち、不吉な事がつづいて起り、いよいよお母さまの悲しみを深くさせ、そのお命を薄くさせた。
私が、火事
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