らぬようになったら、東京へ電報を打つように、と言い残して、ひとまずその日に帰京なされた。
私はお荷物の中から最小限の必要な炊事道具を取り出し、おかゆを作ってお母さまにすすめた。お母さまは、おやすみのまま、三さじおあがりになって、それから、首を振った。
お昼すこし前に、下の村の先生がまた見えられた。こんどはお袴は着けていなかったが、白足袋は、やはりはいておられた。
「入院したほうが、……」
と私が申し上げたら、
「いや、その必要は、ございませんでしょう。きょうは一つ、強いお注射をしてさし上げますから、お熱もさがる事でしょう」
と、相変らずたより無いようなお返事で、そうして、所謂《いわゆる》その強い注射をしてお帰りになられた。
けれども、その強い注射が奇効を奏したのか、その日のお昼すぎに、お母さまのお顔が真赤《まっか》になって、そうしてお汗がひどく出て、お寝巻を着かえる時、お母さまは笑って、
「名医かも知れないわ」
とおっしゃった。
熱は七度にさがっていた。私はうれしく、この村にたった一軒の宿屋に走って行き、そこのおかみさんに頼んで、鶏卵を十ばかりわけてもらい、さっそく半熟に
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