ちょっとこった山荘があった。
「お母さま、思ったよりもいい所ね」
と私は息をはずませて言った。
「そうね」
とお母さまも、山荘の玄関の前に立って、一瞬うれしそうな眼つきをなさった。
「だいいち、空気がいい。清浄な空気です」
と叔父さまは、ご自慢なさった。
「本当に」
とお母さまは微笑《ほほえ》まれて、
「おいしい。ここの空気は、おいしい」
とおっしゃった。
そうして、三人で笑った。
玄関にはいってみると、もう東京からのお荷物が着いていて、玄関からお部屋からお荷物で一ぱいになっていた。
「次には、お座敷からの眺めがよい」
叔父さまは浮かれて、私たちをお座敷に引っぱって行って坐らせた。
午後の三時頃で、冬の日が、お庭の芝生にやわらかく当っていて、芝生から石段を降りつくしたあたりに小さいお池があり、梅の木がたくさんあって、お庭の下には蜜柑畑《みかんばたけ》がひろがり、それから村道があって、その向うは水田で、それからずっと向うに松林があって、その松林の向うに、海が見える。海は、こうしてお座敷に坐っていると、ちょうど私のお乳のさきに水平線がさわるくらいの高さに見えた。
「やわら
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