まり、あのひとのデカダン生活は、口では何のかのと苦しそうな事を言っていますけれども、その実は、馬鹿な田舎者が、かねてあこがれの都に出て、かれ自身にも意外なくらいの成功をしたので有頂天になって遊びまわっているだけなんです。
いつか僕が、
「友人がみな怠けて遊んでいる時、自分ひとりだけ勉強するのは、てれくさくて、おそろしくて、とてもだめだから、ちっとも遊びたくなくても、自分も仲間入りして遊ぶ」
と言ったら、その中年の洋画家は、
「へえ? それが貴族|気質《かたぎ》というものかね、いやらしい。僕は、ひとが遊んでいるのを見ると、自分も遊ばなければ、損だ、と思って大いに遊ぶね」
と答えて平然たるものでしたが、僕はその時、その洋画家を、しんから軽蔑《けいべつ》しました。このひとの放埒《ほうらつ》には苦悩が無い。むしろ、馬鹿遊びを自慢にしている。ほんものの阿呆《あほう》の快楽児。
けれども、この洋画家の悪口を、この上さまざまに述べ立てても、姉さんには関係の無い事ですし、また僕もいま死ぬるに当って、やはりあのひととの永いつき合いを思い、なつかしく、もう一度|逢《あ》って遊びたい衝動をこそ感じま
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