よろめくようにまた動きはじめ、そうして力弱そうに石段を横切り、かきつばたのほうに這入《はい》って行った。
「けさから、お庭を歩きまわっていたのよ」
と私が小声で申し上げたら、お母さまは、溜息《ためいき》をついてくたりと椅子に坐《すわ》り込んでおしまいになって、
「そうでしょう? 卵を捜しているのですよ。可哀そうに」
と沈んだ声でおっしゃった。
私は仕方なく、ふふと笑った。
夕日がお母さまのお顔に当って、お母さまのお眼が青いくらいに光って見えて、その幽かに怒りを帯びたようなお顔は、飛びつきたいほどに美しかった。そうして、私は、ああ、お母さまのお顔は、さっきのあの美しい蛇に、どこか似ていらっしゃる、と思った。そうして私の胸の中に住む蝮みたいにごろごろして醜い蛇が、この悲しみが深くて美しい美しい母蛇をいつか、食い殺してしまうのではなかろうかと、なぜだか、なぜだか、そんな気がした。
私はお母さまの軟らかなきゃしゃなお肩に手を置いて、理由のわからない身悶《みもだ》えをした。
私たちが、東京の西片町のお家を捨て、伊豆《いず》のこの、ちょっと支那ふうの山荘に引越して来たのは、日本が無条
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