いる。朝の蛇と同じだった。ほっそりした、上品な蛇だった。私は、女蛇だ、と思った。彼女は、芝生を静かに横切って野ばらの蔭まで行くと、立ちどまって首を上げ、細い焔のような舌をふるわせた。そうして、あたりを眺《なが》めるような恰好《かっこう》をしたが、しばらくすると、首を垂れ、いかにも物憂《ものう》げにうずくまった。私はその時にも、ただ美しい蛇だ、という思いばかりが強く、やがて御堂に行って画集を持ち出し、かえりにさっきの蛇のいたところをそっと見たが、もういなかった。
 夕方ちかく、お母さまと支那間でお茶をいただきながら、お庭のほうを見ていたら、石段の三段目の石のところに、けさの蛇がまたゆっくりとあらわれた。
 お母さまもそれを見つけ、
「あの蛇は?」
 とおっしゃるなり立ち上って私のほうに走り寄り、私の手をとったまま立ちすくんでおしまいになった。そう言われて、私も、はっと思い当り、
「卵の母親?」
 と口に出して言ってしまった。
「そう、そうよ」
 お母さまのお声は、かすれていた。
 私たちは手をとり合って、息をつめ、黙ってその蛇を見護《みまも》った。石の上に、物憂げにうずくまっていた蛇は、
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