上原と書かれているような気がして、片足は足袋はだしのまま、その家の玄関に走り寄って、なおよく表札を見ると、たしかに上原二郎としたためられていたが、家の中は暗かった。
 どうしようか、とまた瞬時立ちすくみ、それから、身を投げる気持で、玄関の格子戸《こうしど》に倒れかかるようにひたと寄り添い、
「ごめん下さいまし」
 と言い、両手の指先で格子を撫《な》でながら、
「上原さん」
 と小声で囁《ささや》いてみた。
 返事は、有った。しかし、それは、女のひとの声であった。
 玄関の戸が内からあいて、細おもての古風な匂いのする、私より三つ四つ年上のような女のひとが、玄関の暗闇《くらやみ》の中でちらと笑い、
「どちらさまでしょうか」
 とたずねるその言葉の調子には、なんの悪意も警戒も無かった。
「いいえ、あのう」
 けれども私は、自分の名を言いそびれてしまった。このひとにだけは、私の恋も、奇妙にうしろめたく思われた。おどおどと、ほとんど卑屈に、
「先生は? いらっしゃいません?」
「はあ」
 と答えて、気の毒そうに私の顔を見て、
「でも、行く先は、たいてい、……」
「遠くへ?」
「いいえ」
 と、可
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