ればならないのだ。ああ、お母さまのように、人と争わず、憎まずうらまず、美しく悲しく生涯《しょうがい》を終る事の出来る人は、もうお母さまが最後で、これからの世の中には存在し得ないのではなかろうか。死んで行くひとは美しい。生きるという事。生き残るという事。それは、たいへん醜くて、血の匂いのする、きたならしい事のような気もする。私は、みごもって、穴を掘る蛇の姿を畳の上に思い描いてみた。けれども、私には、あきらめ切れないものがあるのだ。あさましくてもよい、私は生き残って、思う事をしとげるために世間と争って行こう。お母さまのいよいよ亡くなるという事がきまると、私のロマンチシズムや感傷が次第に消えて、何か自分が油断のならぬ悪がしこい生きものに変って行くような気分になった。
 その日のお昼すぎ、私がお母さまの傍で、お口をうるおしてあげていると、門の前に自動車がとまった。和田の叔父さまが、叔母さまと一緒に東京から自動車で馳《は》せつけて来て下さったのだ。叔父さまが、病室にはいっていらして、お母さまの枕元《まくらもと》に黙ってお坐りになったら、お母さまは、ハンケチでご自分のお顔の下半分をかくし、叔父さま
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