ホテルがあった。そのホテルの石は、みどり色の霧でしっとり濡《ぬ》れていた。石の門の上に、金文字《きんもじ》でほそく、HOTEL SWITZERLAND と彫り込まれていた。SWI と読んでいるうちに、不意に、お母さまの事を思い出した。お母さまは、どうなさるのだろう。お母さまも、このホテルへいらっしゃるのかしら? と不審になった。そうして、青年と一緒に石の門をくぐり、前庭へはいった。霧の庭に、アジサイに似た赤い大きい花が燃えるように咲いていた。子供の頃、お蒲団《ふとん》の模様に、真赤《まっか》なアジサイの花が散らされてあるのを見て、へんに悲しかったが、やっぱり赤いアジサイの花って本当にあるものなんだと思った。
「寒くない?」
「ええ、少し。霧でお耳が濡れて、お耳の裏が冷たい」
と言って笑いながら、
「お母さまは、どうなさるのかしら」
とたずねた。
すると、青年は、とても悲しく慈愛深く微笑《ほほえ》んで、
「あのお方は、お墓の下です」
と答えた。
「あ」
と私は小さく叫んだ。そうだったのだ。お母さまは、もういらっしゃらなかったのだ。お母さまのお葬《とむら》いも、とっくに済ましてい
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