と、そのつつじの枝先に、小さい蛇がまきついていた。すこしおどろいて、つぎの山吹の花枝を折ろうとすると、その枝にも、まきついていた。隣りの木犀《もくせい》にも、若楓《わかかえで》にも、えにしだにも、藤にも、桜にも、どの木にも、どの木にも、蛇がまきついていたのである。けれども私には、そんなにこわく思われなかった。蛇も、私と同様にお父上の逝去を悲しんで、穴から這《は》い出てお父上の霊を拝んでいるのであろうというような気がしただけであった。そうして私は、そのお庭の蛇の事を、お母さまにそっとお知らせしたら、お母さまは落ちついて、ちょっと首を傾けて何か考えるような御様子をなさったが、べつに何もおっしゃりはしなかった。
 けれども、この二つの蛇の事件が、それ以来お母さまを、ひどい蛇ぎらいにさせたのは事実であった。蛇ぎらいというよりは、蛇をあがめ、おそれる、つまり畏怖《いふ》の情をお持ちになってしまったようだ。
 蛇の卵を焼いたのを、お母さまに見つけられ、お母さまはきっと何かひどく不吉なものをお感じになったに違いないと思ったら、私も急に蛇の卵を焼いたのがたいへんなおそろしい事だったような気がして来て、
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