まは、
「先生は、なんとおっしゃっていたの?」
 とおたずねになった。
「熱さえ下ればいいんですって」
「胸のほうは?」
「たいした事もないらしいわ。ほら、いつかのご病気の時みたいなのよ、きっと。いまに涼しくなったら、どんどんお丈夫になりますわ」
 私は自分の嘘を信じようと思った。命取りなどというおそろしい言葉は、忘れようと思った。私には、このお母さまが、亡くなるという事は、それは私の肉体も共に消失してしまうような感じで、とても事実として考えられないことだった。これからは何も忘れて、このお母さまに、たくさんたくさんご馳走《ちそう》をこしらえて差し上げよう。おさかな。スウプ。罐詰《かんづめ》。レバ。肉汁。トマト。卵。牛乳。おすまし。お豆腐があればいいのに。お豆腐のお味噌汁《みそしる》。白い御飯。お餅《もち》。おいしそうなものは何でも、私の持物を皆売って、そうしてお母さまにご馳走してあげよう。
 私は立って、支那間へ行った。そうして、支那間の寝椅子《ねいす》をお座敷の縁側ちかくに移して、お母さまのお顔が見えるように腰かけた。やすんでいらっしゃるお母さまのお顔は、ちっとも病人らしくなかった。
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