だり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めているだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待って暮らしているのではないでしょうか。幸福の足音が、廊下に聞えるのを今か今かと胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。ああ、人間の生活って、あんまりみじめ。生れて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。そうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。みじめすぎます。生れて来てよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます。
 はばむ道徳を、押しのけられませんか?
 M・C(マイ、チェホフのイニシャルではないんです。私は、作家にこいしているのではございません。マイ、チャイルド)

     五

 私は、ことしの夏、或る男のひとに、三つの手紙を差し上げたが、ご返事は無かった。どう考えても、私には、それより他《ほか》に生き方が無いと思われて、三つの手紙に、私のその胸のうちを書きしたため、岬《みさき》の尖端《せんたん》から怒濤《どとう》めがけて飛び下りる気持で、投函《とうかん》したのに、いくら待っても、ご返事が
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