したが》わぬ者《もの》は、我《われ》に相応《ふさわ》しからず。生命《いのち》を得《う》る者《もの》は、これを失《うしな》い、我《わ》がために生命《いのち》を失《うしな》う者《もの》は、これを得《う》べし」
 戦闘、開始。
 もし、私が恋ゆえに、イエスのこの教えをそっくりそのまま必ず守ることを誓ったら、イエスさまはお叱《しか》りになるかしら。なぜ、「恋」がわるくて、「愛」がいいのか、私にはわからない。同じもののような気がしてならない。何だかわからぬ愛のために、恋のために、その悲しさのために、身《み》と霊魂《たましい》とをゲヘナにて滅《ほろぼ》し得《う》る者《もの》、ああ、私は自分こそ、それだと言い張りたいのだ。
 叔父さまたちのお世話で、お母さまの密葬を伊豆で行い、本葬は東京ですまして、それからまた直治と私は、伊豆の山荘で、お互い顔を合せても口をきかぬような、理由のわからぬ気まずい生活をして、直治は出版業の資本金と称して、お母さまの宝石類を全部持ち出し、東京で飲み疲れると、伊豆の山荘へ大病人のような真蒼《まっさお》な顔をしてふらふら帰って来て、寝て、或る時、若いダンサアふうのひとを連れて来て、さすがに直治も少し間が悪そうにしているので、
「きょう、私、東京へ行ってもいい? お友だちのところへ、久し振りで遊びに行ってみたいの。二晩か、三晩、泊って来ますから、あなた留守番してね。お炊事は、あのかたに、たのむといいわ」
 直治の弱味にすかさず附け込み、謂《い》わば蛇のごとく慧く、私はバッグにお化粧品やパンなど詰め込んで、きわめて自然に、あのひとと逢いに上京する事が出来た。
 東京郊外、省線|荻窪《おぎくぼ》駅の北口に下車すると、そこから二十分くらいで、あのひとの大戦後の新しいお住居《すまい》に行き着けるらしいという事は、直治から前にそれとなく聞いていたのである。
 こがらしの強く吹いている日だった。荻窪駅に降りた頃《ころ》には、もうあたりが薄暗く、私は往来のひとをつかまえては、あのひとのところ番地を告げて、その方角を教えてもらって、一時間ちかく暗い郊外の路地をうろついて、あまり心細くて、涙が出て、そのうちに砂利道《じゃりみち》の石につまずいて下駄の鼻緒がぷつんと切れて、どうしようかと立ちすくんで、ふと右手の二軒長屋のうちの一軒の家の表札が、夜目にも白くぼんやり浮んで、それに
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