した。その日に私は、客人と長火鉢をはさんで話をしていた。事件のことは全く知らずに、女の寝巻に就《つ》いて、話をしていた。
「どうも、よく判らないのだがね。具体的に言ってみないか、リアリズムの筆法でね。女のことを語るときには、この筆法に限るようだ。寝巻は、やはり、長襦袢《ながじゅばん》かね?」
このような女がいたなら、死なずにすむのだがというような、お互いの胸の奥底にひめたる、あこがれの人の影像をさぐり合っていたのである。客人は、二十七八歳の、弱い側妻《そばめ》を求めていた。向島の一隅の、しもたやの二階を借りて住まっていて、五歳のててなし児《ご》とふたりきりのくらしである。かれは、川開きの花火の夜、そこへ遊びに行き、その五歳の娘に絵をかいてやるのだ。まんまるいまるをかいて、それを真黄いろのクレオンでもって、ていねいに塗りつぶし、満月だよ、と教えてやる。女は、幽《かす》かな水色の、タオルの寝巻を着て、藤の花模様の伊達巻《だてまき》をしめる。客人は、それを語ってから、こんどは、私の女の問いただした。問われるがままに、私も語った。
「ちりめんは御免だ。不潔でもあるし、それに、だらしがなくてい
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