。」
「たべません。夕食を早めにして下さい。」
 私は、どてらに着換え、宿を出て、それからただ歩いた。海岸へ行って見た。何の感慨も無い。山へ登った。金山の一部が見えた。ひどく小規模な感じがした。さらに山路を歩き、時々立ちどまって、日本海を望見した。ずんずん登った。寒くなって来た。いそいで下山した。また、まちを歩いた。やたらに土産物を買った。少しも気持が、はずまない。
 これでよいのかも知れぬ。私は、とうとう佐渡を見てしまったのだ。私は翌朝、五時に起きて電燈の下で朝めしを食べた。六時のバスに乗らなければならぬ。お膳《ぜん》には、料理が四、五品も附いていた。私は味噌汁と、おしんこだけで、ごはんを食べた。他の料理には、一さい箸をつけなかった。
「それは茶わんむしですよ。食べて行きなさい。」現実主義の女中さんは、母のような口調で言った。
「そうか。」私は茶わんむしの蓋《ふた》をとった。
 外は、まだ薄暗かった。私は宿屋の前に立ってバスを待った。ぞろぞろと黒い毛布を着た老若男女の列が通る。すべて無言で、せっせと私の眼前を歩いて行く。
「鉱山の人たちだね。」私は傍に立っている女中さんに小声で言った
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