思った。
 出来れば、きょうすぐ東京へ帰りたかった。けれども、汽船の都合が悪い。明朝、八時に夷港から、おけさ丸が出る。それまで待たなければ、いけない。佐渡には、もう一つ、小木《おぎ》という町もある筈だ。けれども、小木までには、またバスで、三時間ちかくかかるらしい。もう、どこへも行きたくなかった。用事の無い旅行はするものでない。この相川で一泊する事にきめた。ここでは浜野屋という宿屋が、上等だと新潟の生徒から聞いて来た。せめて宿屋だけでも綺麗なところへ泊りたい。浜野屋は、すぐに見つかった。かなり大きい宿屋である。やはり、がらんとしていた。私は、三階の部屋に通された。障子をあけると、日本海が見える。少し水が濁っていた。
「お風呂へはいりたいのですが。」
「さあ、お風呂は、四時半からですけど。」
 この女中さんは、リアリストのようである。ひどく、よそよそしい。
「どこか、名所は無いだろうか。」
「さあ、」女中さんは私の袴《はかま》を畳みながら、「こんなに寒くなりましたから。」
「金山があるでしょう。」
「ええ、ことしの九月から誰にも中を見せない事になりました。お昼のお食事は、どういたしましょう
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