、ただ、佐渡の人情を調べたいのである。そこへはいった。
「お酒を、飲みに来たのです。」私は少し優しい声になっていた。さむらいでは無かった。
 この料亭の悪口は言うまい。はいった奴が、ばかなのである。佐渡の旅愁は、そこに無かった。料理だけがあった。私は、この料理の山には、うんざりした。蟹《かに》、鮑《あわび》、蠣《かき》、次々と持って来るのである。はじめは怺《こら》えて黙っていたが、たまりかねて女中さんに言った。
「料理は、要らないのです。宿で、ごはんを食べて来たばかりなんだ。蟹も鮑も、蠣もみんな宿でたべて来ました。お勘定の心配をして、そう言うわけではないのです。いやその心配もありますけれど、それよりも、料理がむだですよ。むだな事です。僕は、何も食べません。お酒を二、三本飲めばいいのです。」はっきり言ったのだが、眼鏡をかけた女中さんは、笑いながら、
「でも、せっかくこしらえてしまったのですから、どうぞ、めしあがって下さい。芸者衆でも呼びましょうか。」
「そうね。」と軟化した。
 小さい女が、はいって来た。君は芸者ですか? と私は、まじめに問いただしたいような気持にもなったが、この女のひと
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