つどいの日にも  輝きつ
古《ふ》りたる殻は   消ゆるとも
実《み》こそは残れ   我が胸に
  その実を犇《ひし》と護《まも》らなん
  その実を犇と護らなん」(アルト・ハイデルベルヒ)
[#ここで字下げ終わり]

 歌っているのは、私だけであった。調子はずれの胴間声《どうまごえ》で、臆《おく》することなく呶鳴《どな》り散らしていたのだが、歌い終って、「なんだ、誰も歌ってやしないじゃないか。もう一ぺん。アイン、ツワイ、ドライ!」と叫んだ時に、
「おい、おい。」と背後から肩を叩かれた。振り向いて見ると、警官である。「宵の口から、そんなに騒いで歩いては、悪いじゃないか。君は、どこの学生だ。隠さずに言ってみ給え。」
 私は自分の運命を直覚した。これは、しまった。私は学生の姿である。三十二歳の酔詩人ではなかった。ちょっとのお詫《わ》びでは、ゆるされそうもない。絶体絶命。逃げようか。


「おい、おい。」重ねて呼ばれて、はっと我に帰った。私は、草原の中に寝ていた。陽は、まだ高い。ひばりの声が聞える。ようやく気が附いた。私は、やはり以前の、井の頭公園の玉川上水の土堤《どて》の上に寝そべっていた
前へ 次へ
全73ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング