は、やや口を尖らせて言った。「飲めと言ってやしないよ。へんな事を言わないで、お姉さんに叱られますと言ったほうが、早わかりだ。」
「君は、飲むつもりですか?」熊本君も、こんどは、なかなか負けない。「止し給え。僕は、忠告します。君は、おとといもビイルを飲んだそうじゃないですか。留置場に、とめられたって、学校じゃ評判なんですよ。」
 男の子が、ビイルを持って来て、三人の前に順々にコップを置くが早いか熊本君は、一つのコップを手に取って憤然、ぱたりと卓の上に伏せた。私は内心、閉口した。
「よし、佐伯も飲んじゃいかん。僕が、ひとりで飲もう。アルコオルは、本当に、罪悪なんだ。なるべくは、飲まぬほうがいいのだ。」言いながら、私はビイル瓶の栓を抜き、ひとりで自分のコップに注《つ》いで、ぐっと一息で飲みほした。うまかった。「ああ、まずいな。」とてれ隠しの嘘をついて、「僕も、アルコオルは、きらいなんだ。でも、ビイルは、そんなに酔わないからいいんだ。」何かと自己弁解ばかりして、「アカデミックな態度ばかりは、失いたくありませんからね。」と熊本君にまで卑しいお追従《ついしょう》を言ったのである。
「そうですとも。
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