いであった。
「君はくだらない奴だね。」と私は、思ったままを、つい言ってしまった。
「ああ、そうさ。」すぐに、はね返して寄こすのである。「だから、はじめから、言ってるじゃねえか。説教なんか、まっぴらだって言ったじゃないか。放《ほ》って置いてくれたっていいんだ。」まっすぐに、食堂の壁を見ながら言っているのであるが、その眼は薄く涙ぐんでいた。私は、その様を見て何だか、ものを言うのが再び、いやになった。熊本君は、ちゃんと私たちと向い合って坐っていて、いましがた死力を尽して奪い返したデリケエトのナイフが、損傷していないかどうか、たんねんに調べ、無事である事を見とどけてから、ハンケチに包んで右の袂《たもと》の中にしまい込み、やっと、ほっとしたような顔になり、私たち二人を改めてきょろきょろ見比べ、
「なんですか? さて、どうしたのですか。あなたのおっしゃる事にも、また、佐伯君の申す事にも、一応は首肯《しゅこう》できるような気がするのですけれど、もっと、つき進めた話を伺わないことには。」と、あくまで真面目くさった顔で言い、「コオヒイにしますか。それとも何か食べますか。とにかく何か、注文いたしましょう
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