いだ。」
「君こそ嘲笑している癖に。」佐伯は、私にかかって来た。「君は、老獪《ろうかい》なだけなんだ。」
言い合っていると際限が無かった。私は、小さい食堂を前方に見つけて、
「はいろう。あそこで、ゆっくり話そう。」興奮して蒼《あお》ざめ、ぶるぶる震えている熊本君の片腕をつかんで、とっとと歩き出した。佐伯も私たちの後から、のろのろ、ついて来た。
「佐伯君は、いけません。悪魔です。」熊本君は、泣くような声で訴えた。「ご存じですか? きのう留置場から出たばかりなんですよ。」
私は仰天した。
「知りません。全然、知りません。」
私たちは、もう、その薄暗い食堂にはいっていた。
第五回
私は暫《しばら》く何も、ものが言えなかった。裏切られ、ばかにされている事を知った刹那《せつな》の、あの、つんのめされるような苦い墜落の味を御馳走された気持で、食堂の隅の椅子に、どかりと坐った。私と向い合って、熊本君も坐った。やや後れて少年佐伯が食堂の入口に姿を現したと思うと、いきなり、私のほうに風呂敷包みを投げつけ、身を飜《ひるがえ》して逃げた。私は立ち上って食堂から飛び出し、二、三歩追っ
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