がら、大船の悪口を言っているようなものさ。海に飛び込んだら、死ぬばかりだ。知識も、自由思想も、断じて自然の産物じゃない。自然は自由でもなく自然は知識の味方をするものでもないと言うんだ。知識は、自然と戦って自然を克服し、人為を建設する力だ。謂わば、人工の秩序への努力だ。だから、どうしても、秩序とは、反自然的な企画なんだが、それでも、人は秩序に拠《よ》らなければ、生き伸びて行く事が出来なくなっている、というんだがね。君が時代に素直で、勉強を放擲《ほうてき》しようとする気持もわかるけれど、秩序の必然性を信じて、静かに勉強を続けて行くのも亦《また》、この際、勇気のある態度じゃないのかね。発散級数の和でも、楕円函数でも、大いに研究するんだね。」私は、やや得意であった。言い終って、少年の方を、ちらと伺って見ると、少年は、私のお説教を半分も聞いていなかったらしく、無心に、ごはんを食べていた。「どうかね。わかったかね。」私は、しつこく賛意を求めた。少年は顔を挙げ、ごはんを呑み込んでから言った。
「ヴァレリイってのは、フランスの人でしょう?」
「そうだ。一流の文明批評家だ。」
「フランスの人だったら、だ
前へ
次へ
全73ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング