、へんな気持になっちゃうんだよ。迂遠な学問なんかを、している時じゃ無い。肉体を、ぶっつけて行く練習だけの時代なのかしら。考えると、とても心細くなるんだよ。」
「君はそれを怠惰《たいだ》のいい口実にして、学校をよしちゃったんだな。事大主義というんだよ。大地震でも起って、世界がひっくりかえったら、なんて事ばかり夢想している奴なんだね、君は。」私は、多少いい気持でお説教をはじめた。「たった一日だけの不安を、生涯の不安と、すり変えて騒ぎまわっているのだ。君は秩序のネセシティを信じないかね。ヴァレリイの言葉だけれどもね、」と私は軽く眼をつぶり、あれこれと考えをまとめる振りして、やがて眼をひらき、中々きざな口調で、「法律も制度も風俗も、昔から、ちっとは気のきいた思想家に、いつでも攻撃され、軽蔑されて来たものだ。事実また、それを揶揄《やゆ》し皮肉《ひにく》るのは、いい気持のものさ。けれども、その皮肉は、どんなに安易な、危険な遊戯であるか知らなければならぬ。なんの責任も無いんだからね。法律、制度、風俗、それがどんなに、くだらなく見えても、それが無いところには、知識も自由も考えられない。大船に乗っていな
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