少年は草原に寝ころび眼をつぶったまま、薄笑いして聞いていたが、やがて眼を細くあけて私の顔を横眼で見て、
「君は、誰に言っているんだい。僕にそんなこと言ったって、わかりやしない。弱るね。」
「そうか。失敬した。」思わず軽く頭をさげて、それから、しまった! と気附いた。かりそめにも目前の論敵に頭をさげるとは、容易ならぬ失態である。喧嘩《けんか》に礼儀は、禁物である。どうも私には、大人《たいじん》の風格がありすぎて困るのである。ちっとも余裕なんて無いくせに、ともすると余裕を見せたがって困るのである。勝敗の結果よりも、余裕の有無のほうを、とかく問題にしたがる傾向がある。それだから、必ず試合には負けるのである。ほめた事ではない。私は気を取り直し、
「とにかく立たないか。君に、言いたい事があるんだ。」
胸に、或る計画が浮かんだ。
「怒ったのかね。仕様がねえなあ。弱い者いじめを始めるんじゃないだろうね。」
言う事がいちいち不愉快である。
「僕のほうが、弱い者かも知れない。どっちが、どうだか判ったものじゃない。とにかく起きて上衣《うわぎ》を着たまえ。」
「へん、本当に怒っていやがる。どっこいし
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