ゆで卵を半分に切つた斷面には、青い寒天の「壽」といふ文字がハイカラにくづされて畫かれてゐた。試みに、食堂のなかを覗くと、奉仕の品品の饗應にあづかつてゐる大學生たちの黒い密林のなかを白いエプロンかけた給仕の少女たちが、くぐりぬけすりぬけしてひらひら舞ひ飛んでゐるのである。ああ、天井には萬國旗。
 大學の地下に匂ふ青い花、こそばゆい毒消しだ。よき日に來合せたるもの哉。ともに祝はむ。ともに祝はむ。
 盜賊は落葉の如くはらはらと退却し、地上に舞ひあがり、長蛇のしつぽにからだをいれ、みるみるすがたをかき消した。

       決鬪

 それは外國の眞似ではなかつた。誇張でなしに、相手を殺したいと願望したからである。けれどもその動機は深遠でなかつた。私とそつくりおなじ男がゐて、この世にひとつものがふたつ要らぬといふ心から憎しみ合つたわけでもなければ、その男が私の妻の以前のいろであつて、いつもいつもその二度三度の事實をこまかく自然主義ふうに隣人どもへ言ひふらして歩いてゐるといふわけでもなかつた。相手は、私とその夜はじめてカフヱで落ち合つたばかりの、犬の毛皮の胴着をつけた若い百姓であつた。私はその男
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