わかい盜賊は、うら悲しき思ひをした。この憂愁は何者だ。どこからやつて來やがつた。それでも、外套の肩を張りぐんぐんと大股つかつて銀杏の並木にはさまれたひろい砂利道を歩きながら、空腹のためだ、と答へたのである。二十九番教室の地下に、大食堂がある。われは、そこへと歩をすすめた。
 空腹の大學生たちは、地下室の大食堂からあふれ、入口よりして長蛇の如き列をつくり、地上にはみ出て、列の尾の部分は、銀杏の並木のあたりにまで達してゐた。ここでは、十五錢でかなりの晝食が得られるのである。一丁ほどの長さであつた。
 ――われは盜賊。希代のすね者。かつて藝術家は人を殺さぬ。かつて藝術家はものを盜まぬ。おのれ。ちやちな小利巧の仲間。
 大學生たちをどんどん押しのけ、やうやう食堂の入口にたどりつく。入口には小さい貼紙があつて、それにはかう書きしたためられてゐた。
 ――けふ、みなさまの食堂も、はばかりながら創業滿三箇年の日をむかへました。それを祝福する内意もあり、わづかではございますが、奉仕させていただきたく存じます。
 その奉仕の品品が、入口の傍の硝子棚のなかに飾られてゐる。赤い車海老はパセリの葉の蔭に憇ひ、
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