の酒を盜んだのである。それが動機であつた。
 私は北方の城下まちの高等學校の生徒である。遊ぶことが好きなのである。けれども金錢には割にけちであつた。ふだん友人の煙草ばかりをふかし、散髮をせず、辛抱して五圓の金がたまれば、ひとりでこつそりまちへ出てそれを一錢のこさず使つた。一夜に、五圓以上の金も使へなかつたし、五圓以下の金も使へなかつた。しかも私はその五圓でもつて、つねに最大の效果を收めてゐたやうである。私の貯めた粒粒の小金を、まづ友人の五圓紙幤と交換するのである。手の切れるほどあたらしい紙幤であれば、私の心はいつそう跳つた。私はそれを無雜作らしくポケツトにねぢこみ、まちへ出掛けるのだ。月に一度か二度のこの外出のために、私は生きてゐたのである。當時、私は、わけの判らぬ憂愁にいぢめられてゐた。絶對の孤獨と一切の懷疑。口に出して言つては汚い! ニイチエやビロンや春夫よりも、モオパスサンやメリメや鴎外のはうがほんものらしく思へた。私は、五圓の遊びに命を打ち込む。
 私がカフヱにはひつても、決して意氣込んだ樣子を見せなかつた。遊び疲れたふうをした。夏ならば、冷いビールを、と言つた。冬ならば、熱い
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