螢の光の曲をくりかへしくりかへし奏しながら菜の花畠のあひだをねつてあるいて、それから田植まつさいちゆうの田圃へ出て、せまい畦道を一列にならんで進み、村のひとたちをひとりも見のがすことなく浮かれさせ橋を渡つて森を通り拔けて、半里はなれた隣村にまで行きつゐてしまつた。
 村の東端に小學校があり、その小學校のさらに東隣りが牧場であつた。牧場は百坪ほどのひろさであつてオランダげんげが敷きつめられ、二匹の牛と半ダアスの豚とが遊んでゐた。チヤリネはこの牧場に鼠色したテントの小屋をかけた。牛と豚とは、飼主の納屋に移轉したのである。
 夜、村のひとたちは頬被りして二人三人づつかたまつてテントのなかにはひつていつた。六、七十人のお客であつた。少年は大人たちを毆りつけては押しのけ押しのけ、最前列へ出た。まるい舞臺のぐるりに張りめぐらされた太いロオプに顎をのせかけて、じつとしてゐた。ときどき眼を輕くつぶつて、うつとりしたふりをしてゐた。
 かるわざの曲目は進行した。樽。メリヤス。むちの音。それから金襴。痩せた老馬。まのびた喝采。カアバイト。二十箇ほどのガス燈が小屋のあちこちにでたらめの間隔をおいて吊され、夜
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