の昆蟲どもがそれにひらひらからかつてゐた。テントの布地が足りなかつたのであらう、小屋の天井に十坪ほどのおほきな穴があけつぱなしにされてゐて、そこから星空が見えるのだ。
くろんぼの檻が、ふたりの男に押されて舞臺へ出た。檻の底に車輪の脚がついてゐるらしくからからと音たてて舞臺へ滑り出たのである。頬被りしたお客たちの怒號と拍手。少年は、ものうげに眉をあげて檻の中をしづかに觀察しはじめた。
少年は、せせら笑ひの影を顏から消した。刺繍は日の丸の旗であつたのだ。少年の心臟は、とくとくと幽かな音たてて鳴りはじめた。兵隊やそのほか兵隊に似かよつたやうな概念のためではない。くろんぼが少年をあざむかなかつたからである。ほんたうに刺繍をしてゐたのだ。日の丸の刺繍は簡單であるから、闇のなかで手さぐりしながらでもできるのだ。ありがたい。このくろんぼは正直者だ。
やがて、燕尾服を着た仁丹の鬚のある太夫が、お客に彼女のあらましの來歴を告げて、それから、ケルリ、ケルリ、と檻に向つて二聲叫び、右手のむちを小粹に振つた。むちの音が少年の胸を鋭くつき刺した。太夫に嫉妬を感じたのである。くろんぼは、立ちあがつた。
む
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