た。たとへ私が默つてゐても、私のからだから豫言者らしい高い匂ひが發するのだ。私は女の手に觸れず、ちらと眼をくれ、きのふ愛人を失つた、と呟いた。當つたのである。そこで異樣な歡待がはじまつた。ひとりのふとつた女給は、私を先生とさへ呼んだ。私は、みんなの手相を見てやつた。十九歳だ。寅のとし生れだ。よすぎる男を思つて苦勞してゐる。薔薇の花が好きだ。君の家の犬は、仔犬を産んだ。仔犬の數は六。ことごとく當つたのである。かの痩せた、眼のすずしい中年の女給は、ふたりの亭主を失つたと言はれて、みるみる頸をうなだれた。この不思議の的中は、みんなのうちで、私をいちばん興奮させた。すでに六本の徳利をからにしてゐたのである。このとき、犬の毛皮の胴着をつけた若い百姓が入口に現はれた。
 百姓は私のテエブルのすぐ隣りのテエブルに、こつちへ毛皮の背をむけて坐り、ウヰスキイと言つた。犬の毛皮の模樣は、ぶちであつた。この百姓の出現のために、私のテエブルの有頂天は一時さめた。私はすでに六本の徳利をからにしたことを、ちくちく悔いはじめたのである。もつともつと醉ひたかつた。こよひの歡喜をさらにさらに誇張してみたかつたのである。
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