に似ている。
その二・二六事件の反面に於いて、日本では、同じ頃に、オサダ事件というものがあった。オサダは眼帯をして変装した。更衣の季節で、オサダは逃げながら袷《あわせ》をセルに着換えた。
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どうなるのだ。私はそれまで既に、四度も自殺未遂を行っていた。そうしてやはり、三日に一度は死ぬ事を考えた。
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中国との戦争はいつまでも長びく。たいていの人は、この戦争は無意味だと考えるようになった。転換。敵は米英という事になった。
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ジリ貧《ヒン》という言葉を、大本営の将軍たちは、大まじめで教えていた。ユウモアのつもりでもないらしい。しかし私はその言葉を、笑いを伴わずに言う事が出来なかった。この一戦なにがなんでもやり抜くぞ、という歌を将軍たちは奨励したが、少しもはやらなかった。さすがに民衆も、はずかしくて歌えなかったようである。将軍たちはまた、鉄桶という言葉をやたらに新聞人たちに使用させた。しかし、それは棺桶を聯想《れんそう》させた。転進という、何かころころ転げ廻るボールを聯想させるような言葉も発明された。敵わが腹中にはいる、と言って
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