、できぬ。よつぽど氣負つた男である。たうとう或る晩、お膳を持つて部屋へはひつて來る娘さんを見るなり噴き出した。自身の苦慮が、毛むくじやらの大男の、やさしい聲を出さうとしての懸命の苦慮が、をかしかつたからである。娘さんは、顏を赤くした。
私は、氣の毒に思ひ、いいえ、あなたを笑つたのぢやないんだ。僕は、あんまりもそもそしてゐて、かへつてあなたたちに氣味わるがられてゐやしないかと、心配して、毎晩、あなたがお膳を持つて來て呉れるときだけでも、何か輕い世間話しようと努めて、いろいろ考へるのだが、どうも、考へれば考へるほど話すことがなくなつて、自分ながら呆れて、笑つてしまつたのです、と口ごもりながら辯解した。娘さんは、すると、落ちついて私の傍に坐つて、あたしも何かお話しようと思ふのですが、お客さんがあんまり默つてゐるので、つい、あたしも考へてしまつて、何も言へなくなります。考へると話すことなくなつてしまふものですね、と答へた。私は微笑した。それきり話が、また無くなつた。こまつたね、話がないんだ、と言つて笑ふと、娘さんは、私の窮屈がつてゐるのを察して、男は無口なはうがいい、と言ひ置いてさつさと部
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