禁酒の心
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)依《よ》って

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今日|此際《このさい》
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 私は禁酒をしようと思っている。このごろの酒は、ひどく人間を卑屈にするようである。昔は、これに依《よ》って所謂《いわゆる》浩然之気《こうぜんのき》を養ったものだそうであるが、今は、ただ精神をあさはかにするばかりである。近来私は酒を憎むこと極度である。いやしくも、なすあるところの人物は、今日|此際《このさい》、断じて酒杯を粉砕すべきである。
 日頃酒を好む者、いかにその精神、吝嗇《りんしょく》卑小《ひしょう》になりつつあるか、一升の配給酒の瓶《びん》に十五等分の目盛《めもり》を附し、毎日、きっちり一目盛ずつ飲み、たまに度を過して二目盛飲んだ時には、すなわち一目盛分の水を埋合せ、瓶を横ざまに抱えて震動を与え、酒と水、両者の化合|醗酵《はっこう》を企てるなど、まことに失笑を禁じ得ない。また配給の三合の焼酎《しょうちゅう》に、薬缶《やかん》一ぱいの番茶を加え、その褐色の液を小さいグラスに注いで飲んで、このウイスキイに
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