は茶柱が立っている、愉快だ、などと虚栄の負け惜しみを言って、豪放に笑ってみせるが、傍の女房はニコリともしないので、いっそうみじめな風景になる。また昔は、晩酌の最中にひょっこり遠来の友など見えると、やあ、これはいいところへ来て下さった、ちょうど相手が欲しくてならなかったところだ、何も無いが、まあどうです、一ぱい、というような事になって、とみに活気を呈したものであったが、今は、はなはだ陰気である。
「おい、それでは、そろそろ、あの一目盛をはじめるからな、玄関をしめて、錠《じょう》をおろして、それから雨戸もしめてしまいなさい。人に見られて、羨《うら》やましがられても具合いが悪いからな。」なにも一目盛の晩酌を、うらやましがる人も無いのに、そこは精神、吝嗇卑小になっているものだから、それこそ風声鶴唳《ふうせいかくれい》にも心を驚かし、外の足音にもいちいち肝《きも》を冷やして、何かしら自分がひどい大罪でも犯しているような気持になり、世間の誰もかれもみんな自分を恨みに恨んでいるような言うべからざる恐怖と不安と絶望と忿懣《ふんまん》と怨嗟《えんさ》と祈りと、実に複雑な心境で部屋の電気を暗くして背中を丸
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