窓から内部を覗《のぞ》いて、首を振って溜息をついている。なかなか順番がまわって来ないものと見える。内部はまた、いもを洗うような混雑だ。肘《ひじ》と肘とをぶっつけ合い、互いに隣りの客を牽制《けんせい》し、負けず劣らず大声を挙げて、おういビイルを早く、おういビエルなどと東北|訛《なま》りの者もあり、喧々囂々《けんけんごうごう》、やっと一ぱいのビイルにありつき、ほとんど無我夢中で飲み畢《おわ》るや否や、ごめん、とも言わずに、次のお客の色黒く眼の光のただならぬのが自分を椅子から押しのけて割り込んで来るのである。すなわち、呆然《ぼうぜん》として退場しなければならぬ。気を取りなおして、よし、もういちど、と更に戸外の長蛇《ちょうだ》の如き列の末尾について、順番を待つ。これを三度、四度ほど繰り返して、身心共に疲れてぐたりとなり、ああ酔った、と力無く呟《つぶや》いて帰途につくのである。国内に酒が決してそんなに極度に不足しているわけではないと思う。飲む人が此頃《このごろ》多くなったのではないかと私には考えられる。少し不足になったという評判が立ったので、いままで酒を飲んだ事のない人まで、よろしい、いまのうち
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