かも噂と事ちがって、あまりの痛苦に、私は、思わず、ああっ、と木霊《こだま》するほど叫んでしまった。楽じゃないなあ、そう呟いてみて、その己れの声が好きで好きで、それから、ふっとたまらなくなって涙を流した。死ぬる直前の心には様様の花の像が走馬燈のようにくるくるまわって、にぎやかなものの由であるが、けれども私は、さっぱりだめであった。私は釣り上げられたいもりの様にむなしく手足を泳がせた。かたちの間抜けにしんから閉口して居ると、私の中のちゃちな作家までが顔を出して、「人間のもっとも悲痛の表情は涙でもなければ白髪でもなし、まして、眉間《みけん》の皺《しわ》ではない。最も苦悩の大いなる場合、人は、だまって微笑《ほほえ》んでいるものである。」虫の息。三十分ごとに有るか無しかの一呼吸をしているように思われた。蚊《か》の泣き声。けれども痛苦はいよいよ劇《はげ》しく、頭脳はかえって冴えわたり、気の遠くなるような前兆はそよともなかった。こうして喉の軟骨のつぶれるときをそれこそ手をつかねて待っていなければいけないのだ。ああ、なんという、気のきかない死にかたを選んだものか。ドストエーフスキイには縊死の苦しさがわ
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