か。薄きたない。間一髪のところで、こらえた。この編上げの靴の紐《ひも》を二本つなぎ合せる。短かすぎるようならば、ズボン下の紐が二尺。きめてしまって、私は、大泥棒のように、どんどん歩いた。黄昏《たそがれ》の巷《ちまた》、風を切って歩いた。路傍のほの白き日蓮上人、辻説法跡の塚が、ひゅっと私の視野に飛び込み、時われに利あらずという思いもつかぬ荒い言葉が、口をついて出て、おや? と軽くおどろき、季節に敗けたから死ぬるのか、まさか、そうではあるまいな? と立ちどまって、詰問した。否、との応えを得て、こんどはのろのろ歩きはじめた。死んでしまったほうが安楽であるという確信を得たならば、ためらわずに、死ね! なんのとがもないのに、わがいのちを断って見せるよりほかには意志表示の仕方を知らぬ怜悧《れいり》なるがゆえに、慈愛ふかきがゆえに、一掬《いっきく》の清水ほど弱い、これら一むれの青年を、ふびんに思うよ。死ぬるがいいとすすめることは、断じて悪魔のささやきでないと、立証し得るうごかぬ哲理の一体系をさえ用意していた。そうして、その夜の私にとって、縊死《いし》は、健康の処生術に酷似《こくじ》していた。綿密の損
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