見解にたどりつきつつあります。君はいつも筆の先を尖《と》がらせてものかくでしょう。僕は君に初めて送る手紙のために筆の先をハサミで切りました。もちろんこのハサミは検閲官のハサミでありません。その上、君はダス・マンということを知っているでしょう。デル・マンではありません。だから僕は君の作品に於《おい》て作品からマンの加減乗除を考えません。自信を持つということは空中|楼閣《ろうかく》を築く如く愉快ではありませんか。ただそのために君は筆の先をとぎ僕はハサミを使い、そのときいささかの滞《とどこお》りもなく、僕も人を理解したと称します。法隆寺の塔を築いた大工はかこいをとり払う日まで建立《こんりゅう》の可能性を確信できなかったそうです。それでいてこれは凡《およ》そ自信とは無関係と考えます。のみならず、彼は建立が完成されても、囲をとり払うとともに塔が倒れても、やはり発狂したそうです。こういう芸術体験上の人工の極致を知っているのは、おそらく君でしょう。それゆえ、あなたは表情さえ表現しようとする、当節誇るべき唯一のことと愚按《ぐあん》いたします。あなたが御病気にもかかわらず酒をのみ煙草を吸っていると聞きま
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